東京高等裁判所 平成9年(行ケ)199号 判決 1998年12月16日
東京都渋谷区恵比寿3丁目43番2号
原告
日機装株式会社
代表者代表取締役
音孝
訴訟代理人弁理士
浜田治雄
同
中島洋治
東京都港区三田1丁目4番28号
被告
矢崎総業株式会社
代表者代表取締役
矢崎裕彦
訴訟代理人弁理士
三好秀和
同
岩﨑幸邦
同
高久浩一郎
同
鹿又弘子
主文
特許庁が、平成8年審判第8901号事件について、平成9年6月6日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「導電性樹脂組成物」とする特許第1611337号発明(昭和62年6月24日出願、平成2年8月31日出願公告、平成3年7月30日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
原告は、平成8年6月17日、本件発明につき、その特許を無効とする旨の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成8年審判第8901号事件として審理したうえ、平成9年6月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月9日、原告に送達された。
2 本件発明の要旨
樹脂100重量部中に、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有する炭素質繊維を粉砕した繊維直径0.05~2μm、長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維粉砕物が5~200重量部分散されていることを特徴とする導電性樹脂組成物。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、
(1) 本件発明が、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特開昭60-54998号公報(審決甲第1号証、本訴甲第6号証、以下「引用例1」という。)、30th National SAMPE Symposiumの要旨集1467~1476頁(審決甲第2号証、本訴甲第3号証の一部、以下「引用例2」という。)及び特開昭61-218661号公報(審決甲第3号証、本訴甲第7号証、以下「引用例3」という。)に記載された発明(以下これらに記載された発明を、それぞれ「引用例発明1」、「引用例発明2」及び「引用例発明3」という。)、又は引用例1、引用例2及び特開昭59-69500号公報(審決甲第4号証、本訴甲第8号証、以下「引用例4」という。)に記載された発明(以下「引用例発明4」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり、これを無効にすべきであるとする請求人(本訴原告)主張の無効理由(以下「無効理由1」という。)について、本件発明が、引用例発明1~3、又は引用例発明1、2及び4に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとし、
(2) 本件発明が、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である特開昭61-218669号公報(審決甲第6号証、本訴甲第13号証、以下「引用例5」という。)又は特開昭61-225323号公報(審決甲第7号証、本訴甲第14号証、以下「引用例6」という。)に記載された発明(以下これらに記載された発明を、それぞれ「引用例発明5」及び「引用例発明6」という。)であるから、特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであり、これを無効にすべきであるとする請求人主張の無効理由(以下「無効理由2」という。)について、本件発明が、引用例発明5又は6と同一であるとすることはできないとし、
結局、本件特許を無効にすることはできないとしたものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、請求人(本訴原告)の無効理由1及び2の認定、引用例1~6の記載事項の認定、無効理由1についての判断の一部(審決書12頁13行~13頁11行、同13頁18行~14頁5行、同14頁16行~15頁6行)、無効理由2についての判断の一部(同16頁15行~17頁17行、同19頁7行~20頁1行、同20頁13行~21頁4行)は、いずれも認めるが、その余は争う。
審決は、引用例発明3の技術内容の認定を誤った(取消事由1)結果、本件発明の進歩性の判断を誤り(無効理由1)、引用例発明5及び6の技術内容の認定を誤った(取消事由2、3)結果、本件発明の新規性の判断を誤った(無効理由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 引用例発明3の誤認(取消事由1)
審決は、本件発明と引用例発明1とを対比し、「本件発明が気相成長炭素質繊維の粉砕物を用いるのに対し、甲第1号証(注、本訴甲第6号証)に記載された発明では、気相成長炭素質繊維の未粉砕物を用いるものであり、気相成長炭素質繊維の粉砕物を用いることは全く示唆していない。」(審決書13頁12~16行)と相違点を認定しているところ、引用例発明1は、粉砕物の使用を示唆しているものと理解すべきであるが、この点をひとまずおくとしても、この相違点の判断において、審決が、「甲第3号証(注、本訴甲第7号証、引用例3)には、本件発明で使用する炭素質繊維と同様の気相成長系炭素質繊維を合成樹脂またはゴムとを含有する導電性組成物が記載されている。また、該炭素質繊維は、ほぐして再集成できることや、そのまま、あるいは粉砕や圧縮など2次加工を加えて使用できることが明らかにされている。」(同13頁19行~14頁5行)と認定したうえ、「しかしながら、甲第3号証に記載された炭素繊維の直径が0.05~4μm、繊維の長さ/繊維径が20~1000であることから、一応、1~4000μの繊維長さが算出できるが、実際に明らかにされた繊維長さは、50~200μmであり、長さ10μm以下の炭素質繊維が具体的に明らかにされているわけではない。すなわち、甲第3号証は、粉砕によって長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維を得ることを示唆していないというべきである。」(同14頁6~15行)と認定したことは、明らかに誤りである。
すなわち、引用例発明3における炭素繊維の繊維長1~4000μmに、本件発明の繊維長10μm以下が含まれることは、疑う余地がない。引用例発明3の実施例としては、塊状の繊維を粉砕して50~200μmとすることが記載されているが、具体的な実施例として、発明の構成要件の数値のすべてを開示する必要のないことは明らかである。そして、たとえ具体的に記載された繊維長が、本件発明の繊維長の数値と相違するとしても、分散性を改善するために、用途や繊維直径、分岐、捲縮などに応じて適正な長さを決め、そのように粉砕することは、当業者が容易にできることである。なお、本件発明の要旨においても、繊維長は10μm以下と特定されるが、明細書に具体的に開示される繊維長は、3~5μmのみであって、6~10μmや3μm未満の具体例は、開示されていない。
したがって、審決が、引用例3の記載内容を狭く解釈して本件発明の進歩性を判断したことは、誤りである。
2 引用例発明5の誤認(取消事由2)
審決が、引用例発明5について、「甲第6号証(注、本訴甲第13号証、引用例5)記載の導電性樹脂組成物では、炭素質繊維の直径が0.05~4μmであり、繊維の長さ/繊維経が20~1000であることが明らかにされており、これらの値から甲第6号証で用いられる炭素質繊維の長さを計算すると1~4000μmとなり、これは、本件発明で用いる炭素繊維粉砕物の長さ10μm以下と形式的に重複する。」(審決書17頁10~17行)と認定しながら、「しかしながら、甲第6号証記載の導電性組成物に具体的に用いられた炭素繊維は、長さ50~200μmのものだけであり、10μm以下の長さのものについては具体的開示はなされていない。すなわち、本件発明に係る導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物の長さが10μm以下であるのに対して、甲第6号証に記載された導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物として、10μm以下の長さのものを用いることを明らかにしていない点で相違する。そこで、この相違点について検討する。甲第6号証記載の発明は、細径でアスペクト比の大きい炭素質繊維を含ませることにより、導電性の高い塗料または接着剤とするものであるから、炭素繊維の粉砕物を用いるとしても、その長さには限界があるといえる。すなわち、甲第6号証に記載された炭素繊維の具体的な長さが50~200μmであるということは、甲第6号証記載の発明においては、これより短い炭素繊維、例えば10μm以下の炭素繊維では、アスペクト比が小さいため、導電性の点で不満足な塗料または接着剤しか提供されないと考えるべきである。」(同17頁18行~19頁1行)と認定したことは、明らかに誤りである。
すなわち、引用例5では、アスペクト比20~1000が適正と記載されており、大きい方がよいとはしていないし、分散性についても、繊維の長さではなくアスペクト比が影響することは、当業者が容易に理解できるし、公知でもある。繊維の長さが同じ5μmであっても、直径0.05μmのものは、分散性が悪く、直径5μmのものは、もつれようがないことから、分散性が良好となる。そして、引用例5では、上記のアスペクト比のものが分散性がよく、導電性もよいことを記載しており、本件発明は、アスペクト比にして200以下に関するものであるから、両発明は、同一である。
したがって、審決が、「前記相違点により、本件発明は、甲第6号証記載の発明と実質的に異なる発明を構成しているというべきであり、本件発明が甲第6号証に記載された発明であるとすることはできない。」(審決書19頁2~6行)と判断したことも、誤りである。
3 引用例発明6の誤認(取消事由3)
審決が、引用例発明6について、「甲第7号証(注、本訴甲第14号証、引用例6)記載の導電性樹脂組成物では、炭素質繊維の繊維長が1000μm以下であることが明らかにされており、これは、本件発明で用いる炭素繊維粉砕物の長さ10μm以下と形式的に重複する。」(審決書19頁17行~20頁1行)と認定しながら、「しかしながら、甲第7号証記載の導電性組成物に具体的に用いられた炭素繊維は、長さ200~700μmのものだけであり、10μm以下の長さのものについては具体的開示はなされていない。すなわち、本件発明に係る導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物の長さが10μm以下であるのに対して、甲第7号証に記載された導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物として、10μm以下の長さのものを用いることを明らかにしていない点で相違する。」(同20頁2~12行)、「甲第7号証記載の導電性組成物に用いられた炭素繊維の具体的な長さは200~700μmであるから、甲第7号証記載の発明においては、粉砕の技術的な問題などにより、それより短い、例えば10μm以下の炭素繊維粉砕物は、実際には用いられなかったと考えるべきである。」(同21頁9~14行)と認定したことは、いずれも誤りである。
すなわち、審決は、取消事由1及び2の場合と同様に、本件発明の全要件が引用例発明6に完全に開示されていると認定しながら、本件発明は、引用例発明6の実施例に開示していない部分を選択したものであるから、両者は同一ではないと誤った判断を行っている。
したがって、審決が、「前記相違点により、本件発明は、甲第7号証記載の発明と実質的に異なる発明を構成しているというべきであり、本件発明が甲第7号証に記載された発明であるとすることはできない。」(同21頁15~19行)と判断したことも、誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は、正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例発明3には、炭素質繊維を粉砕して長さ10μm以下としたものが、示唆されていないのに対し、本件発明は、炭素質繊維の長さにバラツキがなく、これを10μm以下の均一のものにすることにより、引用例発明3では予測できない、導電性及び分散性に優れた作用効果を奏するものである。
原告は、引用例発明3に具体的に記載された繊維長が、本件発明の繊維長の数値と相違するとしても、分散性を改善するために、用途や繊維直径、分岐、捲縮などに応じて適正な長さを決め、そのように粉砕することは容易にできることであると主張するが、本件発明の上記構成要件の容易想到性について、具体的な主張立証をしておらず、何ら実質的な技術的裏付けを行っていない。
したがって、この点に関する審決の認定(審決書13頁12行~16頁13行)に、誤りはない。
2 取消事由2について
本件発明と引用例発明5とは、形式的にみると、特定の結晶構造を有する炭素質繊維を含む導電性樹脂組成物である点で共通するようにみえるが、本件発明の特徴を実質的にみると、その技術的思想は引用例発明5とは基本的に相違するものである。
すなわち、本件発明の構成要件である気相成長系炭素質繊維粉砕物の長さが10μm以下であることについて、引用例発明5には具体的な開示がない。また、炭素質繊維の長さが短くなればなるほど導電性が低下するため、炭素質繊維の長さを10μm以下とすると、導電性樹脂組成物としての機能を達することができず、これを50μm以上としなければならないということは、本件発明の出願前の技術常識であったところ、本件発明は、このような従来からの技術常識を覆して、炭素質繊維の長さを10μm以下としたにもかかわらず、導電性及び分散性に優れた導電性組成物を得たものである。
しかも、原告は、本件発明の上記構成要件が引用例発明5に実質的に記載されているか否かについて、何ら具体的な主張立証をしていない。
したがって、この点に関する審決の認定判断(審決書17頁18行~19頁6行)に誤りはない。
3 取消事由3について
本件発明の導電性樹脂組成物は、炭素質繊維粉砕物の長さを10μm以下に均一化した点に特徴がある。これに対し、引用例発明6は、繊維の長さが1~4000μmであって、その繊維の長さに大きなバラツキがある。つまり、引用例発明6には、導電性樹脂組成物の中に繊維長の極端に短い繊維を分散させるという技術的思想も、その繊維長を均一化して分散させるという技術的思想も開示されていない。
引用例発明6には、繊維長1~4000μmの繊維が分散されており、その中に一部10μm以下の繊維も含まれているから、本件発明が引用例発明6と一部重複する旨の原告の主張は、技術的思想としての発明の本質を見誤ったものである。
したがって、この点に関する審決の認定判断(審決書20頁1行~21頁19行)に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(引用例発明3の誤認)について
審決の理由中、本件発明の要旨の認定、引用例1及び3の記載事項の認定、本件発明と引用例発明1との相違点の判断において、審決が、「甲第3号証(注、本訴甲第7号証、引用例3)には、本件発明で使用する炭素質繊維と同様の気相成長系炭素質繊維を合成樹脂またはゴムとを含有する導電性組成物が記載されている。また、該炭素質繊維は、ほぐして再集成できることや、そのまま、あるいは粉砕や圧縮など2次加工を加えて使用できることが明らかにされている。」(審決書13頁19行~14頁5行)と認定したことは、当事者間に争いがない。
引用例発明3について、引用例3(甲第7号証)の特許請求の範囲には、「繊維の直径が0.05~4μ、繊維の長さ/繊維径が20~1000で、枝分かれのほとんどない均一な太さを有する、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の層が長手軸に平行に年輪状に配列して形成された炭素質繊維と、合成樹脂またはゴムとを含有してなる炭素繊維複合樹脂組成物。」(同号証1頁左下欄5~10行)と記載され、発明の詳細な説明には、「本発明の目的は、樹脂と複合化するときの操作性に優れ、かつ電気電導性に優れた炭素質繊維と樹脂等からなる複合樹脂組成物を提供する」(同2頁右上欄13~16行)、「本発明の炭素質繊維は、枝分がほとんどないので、乾式または湿式でほぐして再集成することができ、樹脂等との混合性も良好である。」(同2頁左下欄14~17行)、「本発明の炭素繊維は、このようにして得られた繊維をそのまま、あるいは粉砕や圧縮など2次加工を加えて使用できる。その場合でもL/Dは20以上、好ましくは50~800の間であり、特に繊維との複合化の容易性からは100~700の範囲が好ましい。」(同4頁右上欄1~6行)、「本発明において、炭素質繊維と合成樹脂またはゴム・・・との混合割合(重量比)は特に制限はないものの導電性、成形作業性の点から2:98~98:2、さらに5:95~80:20の範囲が好ましい。」(同4頁左下欄3~7行)、「得られた炭素繊維は塊状をなしていたが、これを粉砕機で粉砕したところ、繊維長は50~200μmとなった。」(同5頁左上欄18~20行)、「このように本発明の炭素繊維は、高い配合量まで操作性よく配合可能であり、かつ優れた電気伝導性を示す。」(同5頁左下欄1~3行)と記載される。
以上の記載によれば、引用例発明3は、繊維の直径が0.05~4μ、繊維の長さ/繊維径が20~1000で、枝分かれのほとんどない均一な太さを有する、黒鉛又は黒鉛に容易に転化する炭素の層が長手軸に平行に年輪状に配列して形成された炭素質繊維と、合成樹脂又はゴムとを含有してなる炭素繊維複合樹脂組成物であって、当該炭素質繊維は粉砕して使用できるものと認められるが、その繊維長を算出すると、1~4000μmとなる。そして、実施例として具体的に明らかにされた粉砕繊維の長さは、50~200μmであると認められるが、引用例発明3が達成すべき導電性や成形作業性の点からみて、繊維の長さが開示された実施例付近の数値に限定される旨の記載はなく、また、上記の算出された繊維長から、10μm以下のものが排除されることを示唆する旨の記載も認められない。
そうすると、審決が、「甲第3号証に記載された炭素繊維の直径が0.05~4μm、繊維の長さ/繊維径が20~1000であることから、一応、1~4000μの繊維長さが算出できるが、実際に明らかにされた繊維長さは、50~200μmであり、長さ10μm以下の炭素質繊維が具体的に明らかにされているわけではない。すなわち、甲第3号証は、粉砕によって長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維を得ることを示唆していないというべきである。」(審決書14頁6~15行)と認定したことは、誤りというほかない。
被告は、引用例発明3に、炭素質繊維を粉砕して長さ10μm以下としたものが、示唆されていないのに対し、本件発明が、炭素質繊維の長さにバラツキがなく、これを10μm以下の均一のものにすることにより、引用例発明3では予測できない、導電性及び分散性に優れた作用効果を奏すると主張する。
しかし、前示のとおり、引用例発明3には、粉砕した炭素質繊維の長さ10μm以下のものが開示されていると認められるから、被告の主張は、その前提において誤りといわなければならない。そもそも、公開特許公報等に開示された発明の特許請求の範囲において、発明の要旨として一定の範囲の数値が記載されている場合、その一部を除外して発明を限定的に解釈することが許されるのは、数値自体が極めて広範囲に及び全く臨界的意義を有しないときや、明らかに技術常識に反するような数値を含んでいるとき等の例外的場合に限られるべきものである。本件審決では、これと異なり、単に実施例として具体的に開示されていないことを理由に、特許請求の範囲に示された発明の要旨である数値範囲から、その一部を除外して認定したものであって、到底許されることではない。
被告の主張するように、本件発明が引用例発明3では予測できない優れた作用効果を奏するというためには、両発明が、その用途や構成成分の組成及び組成比において差異がなく、構成成分である炭素質繊維粉砕物の長さにおいても重複するものであることを前提とした上で、繊維の長さ10μmを境として、両発明の奏する作用効果が質的又は量的に本質的に相違することが、本件発明の明細書上に明瞭に示されていることが必要とされる。しかし、前示のとおり、本件審決では、このような観点からの検討を全く行っていないから、いずれにしても、被告の主張を採用する余地はない。
また、被告は、原告が、本件発明の上記構成要件の容易想到性について、具体的な主張立証をしておらず、何ら実質的な技術的裏付けを行っていないと主張する。しかし、前示のとおり、引用例発明3について、「粉砕によって長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維を得ることを示唆していない」(審決書14頁13~15行)とする審決の認定が誤りであり、審決は、これを正しく認定したうえで、本件発明と引用例発明1との相違点の判断をしなければならないのであるから、原告に容易想到性の立証を求める被告の主張は、それ自体失当といわなければならない。
したがって、審決は、引用例発明3の認定を誤り、その誤認に基づいて本件発明の進歩性の判断を行ったものといえるから、原告主張の取消事由1には、理由がある。
2 取消事由2及び3(引用例発明5及び6の誤認)について
引用例5及び6(甲第13、第14号証)によれば、引用例発明5は、炭素繊維の長さが1~4000μmの導電性樹脂組成物であり、引用例発明6も、炭素繊維の長さが1000μm以下の導電性樹脂組成物であると認められるから、両発明は、前示引用例発明3の場合と同様に、炭素繊維の長さが本件発明の繊維長10μm以下と重複するものであり、その各明細書中に、炭素繊維の長さが実施例付近の数値に限定される旨の記載や、分散化された繊維長から10μm以下のものが排除されることを示唆する旨の記載は、いずれも認められない。しかし、審決は、引用例発明3の場合と同様に、具体的な実施例としての記載がないことを理由に、引用例発明5及び6には、10μm以下の長さの気相成長系炭素質繊維を用いることが開示されていないと認定しており(審決書17頁18行~19頁1行、同20頁2~12行、同21頁5~~14行)、これらは、いずれも誤りというほかない。
被告は、炭素質繊維の長さを10μm以下とすると、導電性樹脂組成物としての機能を達することができず、これを50μm以上とすることが、本件発明の出願前の技術常識であったと主張するが、本件全証拠によるも、この被告主張の技術常識を認めることはできない。
また、被告は、引用例発明6には、導電性樹脂組成物の中に繊維長の極端に短い繊維を均一化して分散させるという技術的思想が開示されていないと主張するが、引用例発明6には、前示のとおり、繊維長10μm以下のものを分散化することが開示されていると認められるから、この被告の主張も採用することができない。
したがって、審決は、引用例発明5及び6の認定を誤り、その誤認に基づいて本件発明の新規性の判断を行ったものといえるから、原告主張の取消事由2及び3には、いずれも理由がある。
3 以上のとおり、審決は、引用例発明3、5及び6の認定をいずれも誤り、本件発明の進歩性及び新規性の判断をも誤ったものであるところ、これらの誤りは、審決の結論に影響を及ぼす重大な瑕疵であるから、審決は、取消しを免れない。
よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 羽渕清司 裁判官 石原直樹)
平成8年審判第8901号
審決
東京都渋谷区恵比寿3丁目43番2号
請求人 日機装 株式会社
東京都港区北青山3丁目3番7号 第一青山ビル2階 浜田国際特許商標事務所
代理人弁理士 浜田治雄
東京都港区三田1丁目4番28号
被請求人 矢崎総業 株式会社
東京都港区虎ノ門1丁目2番3号 虎ノ門第一ビル9階 三好内外国特許事務所
代理人弁理士 三好秀和
上記当事者間の特許第1611337号発明「導電性樹脂組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。
理由
Ⅰ.本件特許発明
本件特許第16111337号発明〔昭和62年6月24日特許出願、平成2年8月31日出願公告(特公平2-38614号参照)、平成3年7月30日設定登録、以下「本件発明」という。〕の要旨は、明細書の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの下記にあるものと認める。「樹脂100重量部中に、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有する炭素質繊維を粉砕した繊維直径0.05~2μm、長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維粉砕物が5~200重量部分散されていることを特徴とする導電性樹脂組成物。」
Ⅱ.請求人の主張
請求人は、「特許第1611337号発明の特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、甲第1号証として特開昭60-54998号公報、甲第2号証として30th National SAMPE Symposiumの要旨集1467~1476頁、甲第3号証として特開昭61-218661号公報、甲第4号証として特開昭59-69500号公報、甲第5号証として29th Annual Technical Conference、1974の要旨集、Section 10-BのJ0HN V.MILEWSKIの論文、甲第6号証として特開昭61-218669号公報、甲第7号証として特開昭61-225323号公報、甲第8号証として新村出編「広辞苑」第4版、1991年岩波書店発行、第2290頁、甲第9号証として平成4年審判第10316号の審決書、甲第10号証として同審判事件の平成4年12月18日付け答弁書および甲第11号証として同審判事件の平成5年8月5日付け答弁書(第2回)を提出して次の主張をしている。
1.本件発明は、その出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明または甲第1号証、甲第2号証および甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、本件特許は無効にすべきである。(以下、これを無効理由1という。)
2.本件発明は、その出願前に日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第6号証または甲第7号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであり、本件特許は無効にすべきである。(以下、これを無効理由2という。)
Ⅲ.甲各号証の記載
甲第1号証には、炭素化合物のガスと有機遷移金属化合物のガスとキャリヤガスとの混合ガスを加熱して気相成長炭素繊維を製造すること(特許請求の範囲第1項)、気相成長炭素繊維は高導電性などの優れた性質を有すること(第1頁第2欄第8~10行)、短繊維は複合材料には理想的素材であること(第4頁第2欄末行~第3欄第8行)および、具体的な炭素繊維の径×長さが0.15μ×3μであること(第6頁第2欄第5~6行)が記載されている。
甲第2号証には、気相成長炭素繊維の構造(第2~7図)が示されている。
甲第3号証には、繊維の直径が0.05~4μ、繊維の長さ/繊維径が20~1000で、枝分かれのほとんどない均一な太さを有する、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の層が長手軸に平行に年輪状に配列して形成された炭素質纎維と、合成樹脂またはゴムとを含有してなる炭素繊維複合樹脂組成物の発明(特許請求の範囲)、その目的が樹脂と複合化するときの操作性に優れ、かつ電気導電性に優れた炭素質繊維と樹脂等からなる複合樹脂組成物を提供することにあること(第2頁第2欄第13~16行)、該発明の炭素質繊維は、枝分がほとんどないので、乾式または湿式でほぐして再集成することができ、樹脂等との混合性も良好であること(同頁第3欄第14~17行)、該発明の炭素質繊維は、特殊な方法で得られた繊維をそのまま、あるいは粉砕や圧縮など2次加工を加えて使用できること(第4頁第2欄第1~3行)、炭素繊維と合成樹脂またはゴムとの混合割合(重量比)は特に制限はないものの導電性、成形作業性の点から2:98~98:2、さらに5:95~80:20の範囲が好ましいこと(同頁第3欄第3~7行)および、具体例として、繊維の直径が約1μm、L/Dが100~500であり、枝分かれがほとんどなく、捲縮数1~12、捲縮度11%の炭素繊維で塊状をしたものを粉砕機で粉砕した繊維長50~200μmの炭素繊維をポリアミド樹脂と混合した試験片の電気抵抗が炭素繊維/樹脂=5/95のもので1、3Ω、21/79のもので1.2×10-1Ωであること等(実施例1~4、第1表)が記載されている。
甲第4号証には、凝集状態にある無機質ウイスカー100重量部と、平均粒子径0.2~0.005mmの無機質あるいは有機質の微粉末50重量部以上とをせん断力を与えながら実質的に均一混合することにより得られたウイスカー組成物の発明(特許請求の範囲第3項)、無機質ウイスカー(特に短繊維ウイスカー)は、通常、強くからみ合って凝集し“もぐさ”状を呈しているので、この凝集したままのものを各種基材に配合してもからみ合いがほぐれず、基材中に均一に分散しないこと(第1頁第2欄第8~12行)、機械的なせん断力によりほぐす方法が提案されていること(第2頁第1欄第2~3行)、該方法ではウイスカーが折れるなどしてアスペクト比が劣化して性能が低下したり、場合によっては逆にからみ合いが助長されてしまうなど、不満足な結果しか得られないこと(同欄第3~7行)、該発明に適用される無機質ウイスカーとしては、その種類に特に制限はなく、黒鉛などのウイスカーが可能であること(同頁第3欄末行~第4欄第1行)および、無機質ウイスカーと微粉末とをせん断力を与えて実質的に均一に混合する方法としては、ロール、らいかい機、粉砕機、混合機、分散機等公知の装置を利用すること(第3欄第1行第16~末行)が記載されている。
甲第5号証には、各種材料の長さ/直径・比と見かけ容積/実容積・比の関係が記載され、一般に、長さが短いほどかさが小さくなること(第4図)が示されている。
甲第6号証には、繊維の直径が0.05~4μm、繊維の長さ/繊維経が20~1000で、枝分かれのほとんどない均一な太さを有する、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の層が長手軸に平行に年輪状に配列して形成された炭素質繊維をバインダーと共に溶剤中に分散させてなることを特徴とする炭素質繊維含有塗料または接着剤組成の発明(特許請求の範囲第1項)、バインダーに対して炭素質繊維が10~70重量%含まれること(特許請求の範囲第2項)、該発明が気相法(特に浮遊法)による細径の炭素質繊維を含有する炭素質繊維含有塗料または接着剤組成物に関するものであること(第1頁第1欄第18行~第2欄第1行)、該発明に用いる炭素質繊維は、枝分がほとんどないので、乾式または湿式で粉砕またはほぐして再集成することができ、繊維の直径は0.05~4μm、好ましくは0.08~3μm、特に0.1~3μm、L/Dが20~1000、好ましくは50~800、特に100~600であり、バインダー、樹脂等との混合性も良好であること(第2頁第2欄第3~9行)、バインダーとしては、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂のいずれも使用できること(第3頁第1欄第16~17行)、該発明によれば、細径でアスペクト比の大きい導電性を有する炭素質繊維を含み、これらの繊維は従来のカーボン粉と異なり、多くの接触点で接触しながらバインダーにより結合されるので、極めて導電性の高い塗料または接着剤とすることができること(同頁第4欄第17行~第5頁第1欄第2行)および、具体例として、繊維の直径が約0.5~1μm、L/D50~30.0であり、枝分かれがほとんどなく、捲縮数1~12、捲縮度11%の炭素繊維で塊状をしたものを粉砕機で粉砕した繊維長50~200μmの炭素繊維をフェノール樹脂バインダーと混合して得た塗料をガラス板上に塗布したものの電気抵抗が炭素繊維/バインダー=10/90のもので3.3×10-1Ω、炭素繊維/バインダー=30/70のもので8.3×10-2Ωであること等(実施例1~3、第1表)が記載されている。
甲第7号証には、繊維の直径が0.05~4μm、繊維の長さが1000μm以下で、枝分かれのほとんどない均一な径を有し、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の層が長手軸に平行年輪上に配列して形成され、そのかさ密度が0.05~0.1g/cm3である炭素質繊維集合体にさらに集束剤が含浸され、そのかさ密度を0.1~1.0g/cm3とした炭素質繊維加工体の発明(特許請求の範囲)、炭素繊維が気相法により得られたものであること(第1頁第1欄第15~18行)、炭素繊維は優れた機械的性質を有するところから各種複合材料に用いられ、その織布等は電気電導性を利用して電池の電極材等や面状発熱体等に使用されること(同欄末行~第2欄第4行)、該発明の目的が炭素質繊維またはその集合体を押出機に供給する差異の押出機への食い込みを改善し、容易に母材樹脂中に分散することが可能な炭素質繊維加工体を提供することにあること(第2頁第2欄第9~13行)、炭素繊維の集合物(塊状物~綿状物)は粉砕され、かさ密度0.05~0.1g~cm3になるように調節され、粉砕は湿式または乾式のミル等を用いればよいこと(第3頁第1欄末行~第2欄第3行)、該発明によれば、かさ密度の大きい均一な形状の炭素質繊維を得ることができるので、押出機への食い込みが改善され、炭素質繊維をマトリックス樹脂中に均一かつ容易に分散させることが可能なこと(同頁第3欄第6~12行)および、具体的な炭素質繊維加工体における繊維長は200~700μmであり(実施例1~4、第1表)、炭素繊維含有率5.13wt%のものは、食い込み、押出し性が良好、かさ密度0.1で形態は均一であること、炭素繊維含有率0.85wt%のものは、食い込み、押出し性が非常に良好、かさ密度0.3で形態は均一であること、炭素繊維含有率0.24wt%のものは、食い込み、押出し性が非常に良好、かさ密度1.0で形態は均一であること(実施例5~7、第2表)が記載されている。
甲第8号証には、「粉砕」の意味は1.粉みじんに細かくくだくこと、2.相手を徹底的に打ち破ること(第2290頁第3段)であるが記載されている。
甲第9号証、甲第10号証および甲第11号証にはそれぞれ、平成4年審判第10316号の審決の内容および、被請求人が二度にわたって主張した答弁の内容が記載されている。
Ⅳ.当審の判断
無効理由1について:
本件発明と甲第1号証に記載された発明とを対比する。
甲第1号証には前記のとおり、気相成長炭素繊維の短繊維は複合材料に理想的素材であることが記載されており、そこにいう複合材料は技術常識上、樹脂中に繊維が分散された状態のものを意味したものということができる。そして、この気相成長炭素繊維は、甲第2号証の記載から、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有するものといえる。また、この複合材料が導電性を有することは明らかであるから、甲第1号証には、樹脂中に黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有する繊維直径0.15μm程度、長さ3μ程度の気相成長炭素繊維が分散されている導電性樹脂組成物の発明が記載されている、ということができる。
他方、本件発明が気相成長炭素質繊維の粉砕物を用いるのに対し、甲第1号証に記載された発明では、気相成長炭素質繊維の未粉砕物を用いるものであり、気相成長炭素質繊維の粉砕物を用いることは全く示唆していない。
したがって、両発明はこの点で相違している。
そこでこの相違点について検討する。
甲第3号証には、本件発明で使用する炭素質繊維と同様の気相成長系炭素質繊維を合成樹脂またはゴムとを含有する導電性組成物が記載されている。また、該炭素質繊維は、ほぐして再集成できることや、そのまま、あるいは粉砕や圧縮など2次加工を加えて使用できることが明らかにされている。
しかしながら、甲第3号証に記載された炭素繊維の直径が0.05~4μm、繊維の長さ/繊維径が20~1000であることから、一応、1~4000μの繊維長さが算出できるが、実際に明らかにされた繊維長さは、50~200μmであり、長さ10μm以下の炭素質繊維が具体的に明らかにされているわけではない。
すなわち、甲第3号証は、粉砕によって長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維を得ることを示唆していないというべきである。
甲第4号証に記載された発明は、無機質ウイスカー(短繊維ウイスカー)は、強くからみ合って凝集し“もぐさ”状を呈しているので、この凝集したままのものを各種基材に配合してもからみ合いがほぐれず、基材中に均一に分散しないため、特別の混合プロセスによって得たウイスカー組成物を開示するものである。そして甲第4号証には、ウイスカーが折れること(アスペクト比が劣化すること)を嫌う旨の記載がなされている。
そして、無機質ウイスカーを粉砕すれば、切断が起こることは明らかである。
してみれば、甲第4号証に記載された発明が、もぐさ状を呈する無機質ウイスカーを粉砕することは示唆していない、というべきである。
このように、甲第3号証および甲第4証に記載された発明は、繊維直径0.05~2μm、長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維粉砕物の使用を示唆するものではない。
これに対して、本件発明は、繊維直径0.05~2μm、長さ10μm以下の気相成長系炭素質繊維粉砕物が用いられていることにより、明細書記載の効果、例えば特開昭61-218661号公報、すなわち、甲第3号証に記載された組成物の問題点を改良できたという効果を奏するものである。
したがって、本件発明が甲第1号証、甲第2号証および甲第3号証に記載された発明または甲第1号証、甲第2号証および甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
なお、甲第8号証には、「粉砕」の一般的な意味が記載されているが、この記載が本件発明の内容に重大な影響を及ぼすとはいえない。
また、甲第9号証、甲第10号証および甲第1号証は、平成4年審判第10316号の審理の過程を引用しながら、審判請求人がその主張を整理するために提出されたものであるから、本件審判の審理に直接関係するものではない。
無効理由2について:
甲第6号証に記載された炭素質繊維含有塗料または接着剤組成物は、「導電性樹脂組成物」であるといえる。また、甲第7号証に記載された炭素質繊維加工体は、「導電性樹脂組成物」であるといえる。
先ず、本件発明に係る導電性樹脂組成物と甲第6号証に記載された導電性樹脂組成物とを対比する。
これらは、樹脂100重量部中に、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有する炭素質繊維を粉砕した繊維直径0.05~2μmの気相成長系炭素質繊維粉砕物が5~200重量部分散されている点で軌を一にするものである。
そして、甲第6号証記載の導電性樹脂組成物では、炭素質繊維の直径が0.05~4μmであり、繊維の長さ/繊維経が20~1000であることが明らかにされおり、これらの値から甲第6号証で用いられる炭素質繊維の長さを計算すると1~4000μmとなり、これは、本件発明で用いる炭素繊維粉砕物の長さ10μm以下と形式的に重複する。
しかしながら、甲第6号証記載の導電性組成物に具体的に用いられた炭素繊維は、長さ50~200μmのものだけであり、10μm以下の長さのものについては具体的開示はなされていない。
すなわち、本件発明に係る導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物の長さが10μm以下であるのに対して、甲第6号証に記載された導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物として、10μm以下の長さのものを用いることを明らかにしていない点で相達する。
そこで、この相違点について検討する。
甲第6号証記載の発明は、細径でアスペクト比の大きい炭素質繊維を含ませることにより、導電性の高い塗料または接着剤とするものであるから、炭素繊維の粉砕物を用いるとしても、その長さには限界があるといえる。
すなわち、甲第6号証に記載された炭素繊維の具体的な長さが50~200μmであるということは、甲第6号証記載の発明においては、これより短い炭素繊維、例えば10μm以下の炭素繊維では、アスペクト比が小さいため、導電性の点で不満足な塗料または接着剤しか提供されないと考えるべきである。
したがって、前記相違点により、本件発明は、甲第6号証記載の発明と実質的に異なる発明を構成しているというべきであり、本件発明が甲第6号証に記載された発明であるとすることはできない。
次に、本件発明に係る導電性樹脂組成物と甲第7号証に記載された導電性樹脂組成物とを対比する。
これらは、樹脂100重量部中に、黒鉛または黒鉛に容易に転化する炭素の六角網平面が繊維軸に対して実質的に平行で、かつ年輪状に配向した結晶構造を有する炭素質繊維を粉砕した繊維直径0.05~2μmの気相成長系炭素質繊維粉砕物が5~200重量部分散されている点で軌を一にするものである。
そして、甲第7号証記載の導電性樹脂組成物では、炭素質繊維の繊維長が1000μm以下であることが明らかにされており、これは、本件発明で用いる炭素繊維粉砕物の長さ10μm以下と形式的に重複する。
しかしながら、甲第7号証記載の導電性組成物に具体的に用いられた炭素繊維は、長さ200~700μmのものだけであり、10μm以下の長さのものについては具体的開示はなされていない。
すなわち、本件発明に係る導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物の長さが10μm以下であるのに対して、甲第7号証に記載された導電性樹脂組成物では、分散される気相成長系炭素質繊維粉砕物として、10μm以下の長さのものを用いることを明らかにしていない点で相違する。
そこで、この相違点について検討する。
甲第7号証記載の発明は、押出機への食い込みを改善し、炭素質繊維をマトリックス樹脂中に均一かつ容易に分散させることを可能にするためにかき密度の大きい均一な形状の炭素質繊維を得るために炭素質繊維を粉砕して均一な形状に加工することを構成の一部として具備するものである。
一方、甲第5号証にも記載されているように、一般に、長さ/直径・比と見かけ容積/実容積・比の関係において、長さが短いほどかさが小さくなること、すなわち、かさ密度が大きくなることが知られている。
そのため、甲第7号証記載の発明においても、かさ密度の大きい炭素繊維とするためには、できるだけ長さの短い炭素繊維を得ようと考えるのが自然である。
ところが、甲第7号証記載の導電性組成物に用いられた炭素繊維の具体的な長さは200~700μmであるから、甲第7号証記載の発明においては、粉砕の技術的な問題などにより、それより短い、例えば10μm以下の炭素繊維粉砕物は、実際には用いられなかったと考えるべきである。
したがって、前記相違点により、本件発明は、甲第7号証記載の発明と実質的に異なる発明を構成しているというべきであり、本件発明が甲第7号証に記載された発明であるとすることはできない。
Ⅴ.結び
以上のとおりであるから、審判請求人の主張する理由および提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年6月6日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)